マンションに住むと病気になる – 高層階病のスピリチュアル的考察

「高階層病」という病があります。

それはマンションなどの高階層に住む事によって引き起こされる病です。

あらわれる症状は以下のとおりです。

  • だるい
  • しんどい
  • やる気が出ない
  • そわそわする
  • ノイローゼ
  • うつ病などの精神疾患

プロローグ

戦後、急速に発展を遂げ、今や経済先進国となった日本。

昭和から平成にかけて、主に東京を中心に、大阪、名古屋、広島、福岡、札幌など、各地を拠点に、街は急速に都市化してゆきました。

地方に住む人々は、仕事や夢を追い求め、一斉に都会へ流入し、限られた土地の上に多くの人間が群がりました。

土地の価格は高騰し、経済の流動に拍車をかけました。

狭い土地を奪い合い、ひしめき合って暮らす人々。

人はそれでも都会に憧れ、今もなお、東京を中心に、都市部への集中現象は続いています。

都会には、会社のオフィスビル、工場、商店、住宅、道路、鉄道、ありとあらゆる物が詰め込まれてゆく中、当然のごとく、土地は足りなくなってゆきました。

そこで人々は建物を縦に伸ばし、フロアを何重にも重ねてゆくことで、少ない面積を補うようになりました。

住宅においても例外ではありません。

人や家具の重量は鉄筋コンクリートの柱で支えるには十分過ぎるほど軽く、高層ビルは住宅としてはうってつけでした。

私は現在、大阪府枚方市のとあるマンションの3階に住んでいます。

その前は大阪市北区のとある神社で住み込みで働いていました。

さらにその前は、大阪市住吉区のマンションの5階に住んでいました。

私のような若者が、自立して暮らすにあたり、やはりマンションやアパートに住む場合が殆どでしょう。

マンションに入居したとき、確率としては、1階ではなく2階以上の部屋に入る確率の方が高いです。

表題の通り、本記事のテーマは『マンションに住むと病気になる』ということですが、なぜそうなるのか、私自身の経験や、スピリチュアルの知識、霊感、人間観察をした結果などを踏まえて考察したいと思います。

私は結構いろいろな場所に住んだ経験があり、上に記したマンション、神社を始め、商店の二階に住んだことも、一軒家のマイホームに住んだ事もあります。

全て大阪府内です。

この記事はそれらの経験に基づいています。

自然界に偏在するエネルギー「マナ」とは?

本題に入る前に少し話を遡ります。

中学生の頃、『マジック・ザ・ギャザリング』というカードゲームに、一時期ハマった事があります。

マジック・ザ・ギャザリング』は、自分が魔法使いを演じ、同じく魔法使いである対戦相手と呪文をかけあい、勝負するゲームです。

ゲームの中で、最も重要な位置を占めるカードが「土地カード」で、自分が呪文を唱えるにあたり、土地から「マナ」を引き出して、そのマナを支払う事により、呪文が発動します。

このカードゲームは非常に良く出来ていて、相手を倒すための戦略として、単に攻撃してダメージを与えるだけでなく、色々な戦略を選ぶ事ができ、当時私が一番興味があった戦法が、相手の土地を枯渇させることで、呪文を唱えることを出来なくさせる戦法で、まさに戦わずして勝つことを目的とした戦術です。

このゲームの根底には、自然の中に霊的なエネルギーの存在を認め、その力を借りて超能力的なパワー=魔法を発動させる事が出来るという、神秘的な思想があります。

それを象徴したものが「土地カード」であり、生命のエネルギーの源は大地にあるという知識に基いています。

このカードゲームに登場する「マナ」という概念の大本は、世界各地の原始信仰、つまりアミニズム、マナイズム信仰にあると考えられます。

マナの語源はメラネシアという国の土人が、人知を超えた霊的なエネルギーを指してそう呼んでいた事に起源があります。

メラネシアではマナは病人や衰弱した人に注入することにより、正常な状態に戻すことができると信じられています。

日本神話にも登場する「マナ」

実は日本の神道にも同じ発音をする言葉があります。

天の真名井(まない)」は古事記に登場する、天の世界に存在する井戸のことです。

この「真名井」という井戸は天界に存在するため、その井戸の水は地上の水のようなH2Oではなく、より霊的な性質の水を指します。

真名井は大阪の里神楽である「なにわ神楽」の『湯立て』において表現されています。

『湯立て』は巫女が天の真名井を象った鍋の前で舞い、煮え立った鍋の湯(真名)を参列者にかけることで、参列者の罪穢れを払い、生命に活力を与えるという趣旨の神楽です。

このように見ていくと、メラネシアの「マナ」と日本神話の「真名」は同一のものとして捉える事も出来、だとするならば、国境を超えたシンクロニシティとして興味深い題材であるといえます。このような言葉も概念も共に類似するようなシンクロニシティは世界各地にみられます。

マナ(真名)は生命力の源

人は地上で生きる上で、常に天と地の間に偏在するマナを受け取って生きています。

マナは生命の源であり、人の活動に元気を与え、人の身体を根底から支えています。

またマナは陰陽道(タオイズム)における「気」とも同じものだと考えられています。

四柱推命の占術家でもある私は普段は「気」という言葉を頻繁に用いますが、ここでは文脈上「マナ」という言葉を使って論じます。

アスファルトはマナを遮断する

人は自然界からマナを受け取り、身体に元気を得て、行動する糧とします。

しかし、人工化を極めた都会ではマナは枯渇しているといえます。

都市部では経済社会として流通や交通面での利便性を突き詰める中で、樹木を伐採し、地面にはアスファルトやコンクリート、タイルなどを敷き詰め、コーティングする工事が盛んに行われました。

アスファルト(英: asphalt)もしくは土瀝青(どれきせい)とは、原油に含まれる炭化水素類の中で最も重質のものである。

wikipedia

アスファルトが草木に養分を与える事はないように、そこから発せられるマナはほぼ皆無で、さらに土面上に敷き詰められる事で、大地から沸きあがってくるマナを遮断します。

重いエネルギーは身体を鈍重にする

また、この宇宙のすべてを波長に置き換えるとするならば、重い元素であるアスファルトは非常に低周波だといえます。

低い波長を持ったものは、生命に活力を与えるどころか、生命を疲れさせます。

人はアスファルトの上に立つだけで、アスファルトから発せられる微弱な低周波の、重いエネルギーを受けます。

そして知らず知らずのうちに、疲労感や懈怠感が体内に蓄積してゆき、それに伴い直観力、霊感、自然との調和性を失ってゆきます。

さらに敏感な人であれば、ガンなどの病気やうつ病などの精神疾患などを発症するでしょう。

それを防ぐ為の手段として、ジムに通い、身体を鍛錬することや、ヴィパッサナー瞑想の徹底など、防ぐ手立てはあるにはあります。

しかし、マイナスの要因を補う為にする努力ほど虚しいものはありません。

なお、都会人が田舎人にくらべて肥満が少ないのは、都会暮らしでは田舎に比べ歩く機会が多い為です。(田舎は車社会)

この事は必然的に身体を鍛える事に寄与し、身体を鍛える事は悪い霊に対して物理的なバリアーを形成するため、都会人にとって歩く機会が多い事は不幸中の幸いであるといえます。

ただし、都会で歩くと疲れます。

疑うならお試し下さい。

同じ距離を歩いた場合、都会と田舎とでは疲労感が違います。

それは前述の通り、都会は土地のマナが少ないためです。

都会はマナが枯渇している

もちろん都市部であっても、マナの力はゼロではありません。

アスファルトに咲く花のように、大地の生命力はそんなにヤワなものではありません。

しかし限りなく衰えた状態である事は確かでしょう。

大地が森を形成する力が、アスファルトを突き破る力に消費される環境下では、あらゆるエネルギーの流れ=めぐりは非効率化します。

それが悪いめぐりを連鎖させ、そこで営まれる人の生活もまた、めぐりの悪いものとなります。

そこへ住めば、人体の血液のめぐり、呼吸、新陳代謝など、あらゆる働きは非効率化してゆくでしょう。

狭い土地にひしめき合うことは限られたマナを取り合うということ

アスファルトに押さえつけられ、圧迫されながらも、アスファルトの隙間をぬって上昇してくる少ないマナを、そこに住む大勢の人々で奪い合っています。

もちろんマナを感受することが出来ない普通の人は、自分たちがマナを取り合っていることに気づいていないでしょう。

しかし実際には取り合っています。

それは都市に形成される社会が、競争をベースに成り立っている事が、それを暗に示しています。

マナを取り合う闘争本能が、社会生活にも反映されるのです。

さらに、マンションともなると、例えば100㎡の敷地に立つ10階建てマンションがあったとして、単純計算で1フロアに1人の住人がいたとしたら、たった100㎡の土地のマナを10人が奪い合う形になります。

しかも上層階にいくほど、マナは薄くなります。

もちろん集まって生きるというのは素敵な事です。

しかし、今の都会の状態を見る限り、集まり過ぎだといえます。

「過ぎたるは及ばざるが如し」の如く、人が集まりすぎると、少ない資源を奪い合い、敵対とライバル意識が強まります。

それはまるで修羅の世界です。

地上から離れるほどマナは薄くなる

アスファルトの地面が生命にとって百害あって一利無い事は前章で論じました。

さらに都会の人々は、大地との距離をアスファルトを塗って隔てるだけでは飽き足らず、人口増加にともない建設されたマンションの高階層を目指す事で、さらに大地との距離を隔てました。

アスファルトの分厚い層の上に立つマンションの5階で、大地から沸き上がる超自然的なエネルギー=マナを十分に受け取る事が本当に出来るでしょうか?

答えはノーです。

人が大地から沸き上がるマナを受けるには、より地面に近いところで暮らす必要があります。

裸足で地面を踏んで歩くと能力が向上するというのはそういうことです。

子供を育てるなら、靴下は履かせずに、土の地面で遊ばせる方が良いでしょう。

集まって暮らす事は良いことだが、発展を極めた都市はコミュニティーというより、掃き溜めだ。この世に平面的な六道輪廻を認めるならば、ここは地獄か修羅に相当する。

医学的にも高層階病という病気がある

ここまで書いて、一旦ネットでリサーチしてみたところ、やはり「高層階病」なる病気が既に認知されているようです。

これらの参考サイトでは、高階層病の原因について、”酸素が薄い”、”気圧が弱い”などの、物的側面について言及しています。

対して私はここまで、とスピリチュアル的な側面について言及してきました。

リサーチを行うまでは高階層病の存在は知りませんでしたが、その存在を知るまでも無く、私は高階層に住む事が好ましくない事をスピリチュアルな知識だけでも見極める事ができました。

物的な説明であれ、霊的な説明であれ、結果として人体に何らかの影響が及ぶ事に違いはありません。

高階層病は、身体的にも精神的にも好ましくない事は事実です。

この事から、マンションの高階層に住む事は、酸素が薄い、気圧が弱いなどの物的なマイナス要因と、土地から受け取るマナが弱くなるという霊的なマイナス要因と両方のデメリットが重なる最悪の環境であるといえるでしょう。

このように霊的世界と物的世界の現象はリンクしています。

どちらも同じ宇宙の中で、人間を基準にした同じ時間軸の中で起こっている現象ですから、リンクしていて当然だといえます。

何階以上から高階層なのか?

一般的に言われる「高階層病」はある一定上の高階層を指し、マンションの5階ぐらいの高さは高階層とは呼ばれないかもしれませんが、実際にはそれほど高層階でなくても、マナは薄くなります。

そして高層階へ行けば行くほど薄くなり、症状が出やすくなるのです。

土地や環境にもよりますが、筆者の主観による霊感測定では、問題の無い範囲は2階まで、3階で半減、4階以上になると激減し、10階まで行くと、あの世です。

携帯電話のアンテナマークがだんだん少なくなるのをイメージしてください。

この場合、地球が電波塔で、あなたの身体が携帯電話です。

地球から離れれば離れるほど、電波は弱くなります。

筆者の体感によるマナ(気)のパワー率

  • 1階:100%
  • 2階:90%
  • 3階:50%
  • 4階:30%
  • 5階〜9階:10%
  • 10階:0%

高階層はそもそも地上の生物が住む事を想定されていない

ビルのてっぺんのような高い所は、本来人間が行くことが出来ない場所でした。

鳥が羽ばたいても届かない程の高い場所はそもそも生命が住む場所ではありません。

天空は神々が住む場所であり、そもそも地上の生命が居住を許された空間ではないからです。

ビルの高階でチャクラを開くなどしてグランディング(霊魂と身体の結びつき)をゆるめると、頭がクラクラします。

もちろん高層階に住んだからといって、必ずしもすぐに悪い症状がでるわけではありません。

時間をかけてジワジワと悪いものが蓄積されてゆくように蝕まれてゆきます。

また敏感な人であれば、すぐに症状がでます。

主な症状は次の通りです。

  • だるい
  • しんどい
  • やる気が出ない
  • そわそわする
  • ノイローゼ
  • うつ病などの精神疾患

高階層と高山の違い

高階層は平地に人工的な建造物を建てることで地面から遠ざかった高さの事をいいます。

それに対して、高山は単に標高が高いだけで、山の地面は陸続きです。

山のてっぺんとビルのてっぺんの違いは、足元からマナが湧き上がっているかどうかの差です。

むしろ山は火山の噴火などに見られるように、マナが集中している場所でもあるので、山の上にいると元気になります。

温泉などが、山間部に多い事も、山には強いマナが存在する証拠です。

人は地に足をつけて生きなければならない

都会で自然の豊かな神社に行くと、パワーが充電される気がするのは、土地から湧き上がる地の気、すなわちマナの作用によるものです。

そしてそれは地の神を祀る事で、調整されたものだといえます。

人は地に足をつけて生きなければいけません。

スピリチュアルでは「グランディング」という言葉があり、これは霊魂と身体の結びつきを意味する言葉であると同時に、霊魂と身体を含めた自分と大地との結びつきを表す言葉でもあります。

霊魂と身体がしっかりと結びつく為には、身体はそのエネルギーの源である大地と接続されていなければ、バランスがとれません。

身体と地面が直接触れ合う環境こそが、人が生きるのに最も理想的な環境なのです。

中には身体を軽んじて、霊魂のみを鍛え上げるような修行方法をとる行者がいます。

彼らはじきに精神を病むか体を壊すでしょう。

霊魂と身体のバランスが取れていないからです。

冒頭で述べたとおり、かくいう私も現在マンションの3階にすんでいますが、最近徐々に問題が起き始めています。

やはり長居は無用だと認識しており、近い将来、自然の豊かな土地に拠点を移そうと考えています。

おわりに

だるい、しんどい、やる気が出ない、ノイローゼ、このような症状が地面から離れて生きる事により生じた弊害である事がご理解いただけたでしょう。

以上のようなスピリチュアルな知識からいえば、マンションの高階層に住み続ける事はリスクしかありません。

賃貸であれば早急に引っ越しを考えた方が良いでしょう。

あるいは購入したものならば、そんな場所に住み続けるために、今後もローンを支払い続けるのは馬鹿馬鹿しい事です。

しかし買ってしまったものは仕方がありません。

あなたに出来る事はまずイメージすることです。

地面に近いところで心も体も健康に生きる、人として全うな「地に足を付けた生活」に戻る未来をイメージしてください。

そしてより良い未来に向けて、より健康的で、精神の安定した暮らしに向けて、少しずつ歩き出すのです。

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