かずひさ

「お花見」は願いを叶える為の「予祝儀礼」だった

「予祝儀礼」という言葉があります。

「予祝儀礼」は物事が始まる前に、その成功をあらかじめ祝う儀礼です。

 

つまり、まだ何もやっていない事、今からやろうとしている事に対し、

あたかもそれが成功したかのように、「おめでとう!」と祝うのです。

 

なぜそんなことをするのでしょうか?

トップ画像:Dick Thomas Johnson via flickr

古代日本の「引き寄せの法則」

「予祝儀礼」は古代日本の「引き寄せの法則」です。

「引き寄せの法則」といえば、最近の理論のように思われるかもしれませんが、ずっと昔からあったのです。

 

特に日本人は霊感が鋭いから知っていたのでしょう。

物事が始まる前にあらかじめ祝うことで、引き寄せの法則がはたらき、物事が成功しやすくなることを。

お花見は予祝儀礼

Photo by ★Kumiko★ via flickr

日本では毎年3月下旬から4月上旬ごろになると、桜が開花します。

それに伴い、各地のお花見スポットでは多くの人々がそこに食べ物や酒類を持ち込み、宴会が開かれます。

 

桜の木の下で家族や友人同士、あるいは職場の関係者が集まり、桜の花を見ながら、団欒のひとときを過ごします。

こうした桜の花を公的に鑑賞する習慣を「お花見」といいます。

 

お花見の表面的なコンセプトは文字通り、開花した桜の花を見る事といえますが、実はお花見には裏の意義があるのです。

それは冒頭にご紹介した「予祝儀礼」の意味がお花見にはあります。

 

予祝儀礼は物事が成就する前にその成功を祝う儀礼です。

お花見が予祝儀礼だとするならば、額面上の桜の花が咲いた事を祝う行為ではなく、別件について祝う行為という事になります。

 

まだ始まっていない何かが成功するイメージ、それを満開の桜の花に照らし合わせて、祝う。

それが「お花見」です。

お花見の予祝儀礼としての効力

Photo by Sayamindu Dasgupta via flickr

次に「お花見」の予祝儀礼(アファメーション)としての効力をご説明します。

ここでは、桜に起きる現象自体が祈願の成就とどう結びつくのか?

が論点になります。

  • 桜は時期が来れば必ず開花するから、祈願は必ず成就する
  • 花(はな)は因果の果(はな)に通じ、事の結果が良い方向へ向かう事を暗示する
  • 花は次なる命の連鎖を生む女性性の象徴として、長期間の繁栄を象徴

桜は時期が来れば必ず開花する

季節の循環は厳格なルーティーンを保ち続けます。

気候の条件で時期が前後しても、春が来れば必ず芽吹きます。

この事から、願いを向ける対象がいかなる物事であったとしても、願いを成功に結びつける強い力が働きます。

 

それは決して逆らえない時間のエネルギー、季節の循環、大自然の法則の巨大な川です。

その川に願い事を書いた紙を流すようなものです。

花(はな)は因果の果(はな)に通じ、事の結果が良い方向へ向かう事を暗示する

結果には良い結果も悪い結果も有ります。

しかし花にとって、春に芽吹き美しい花弁を開花させる事が良い結果である事に疑いを挟む余地は有りません。

 

花が咲くということは、花が咲くに足る原因があるということです。

ここでは、花が咲いたことを祝うこと。

 

それ自体が、これから始まる物事の成功の因(たね)になるのです。

 

花は次なる命の連鎖を生む女性性の象徴として、長期間の繁栄を象徴

桜は「散る」ため、一瞬の栄華を象徴するように思われるかもしれません。

しかし、それは狭い視野での発想です。

 

花は植物の生殖器官です。

それは命の連鎖を象徴するものなのです。

 

春が過ぎ、花が散っても、木が枯れない限り、来年にはまた美しい花が咲きます。

花から花へ、新しい命は次々と受け継がれてゆきます。

 

それはまさに、長期間の繁栄を象徴しているのです。

祈願方法

Photo by Bernat Agullo via flickr

それでは具体的な祈願方法はどうすれば良いのでしょうか。ここに実際的な例を示します。

お花見で祝う内容をあらかじめ決める

心の中でそうと決めても良いですが、紙に書く事でより強い霊的磁場を作る事ができます。

祈願によっては参加者全員の協力が必要

お花見は一般的には予祝儀礼としては認知されておらず、単に年中行事の一環として認識されているに留まります。

その中で、何らかの祈願を込めたお花見を行う場合、個人的な祈願であれば、自分のみが密かに胸中に願いを持って行えばよいでしょう。

 

しかし、豊作祈願など、より大人数を巻き込む大きな願いとなると自分ひとりの祈願だけでは弱いといえます。

豊作祈願はそもそも共同体儀礼です。

共同体の儀礼として、参加者全員が共通の祈願内容を認めた上で開催されることで、より強力な効果が得られると考えられます。

花見会場の近くの神社に詣でてから花見を行う

こうした予祝儀礼は高次元のエネルギーを享受する方法論です。

桜が美しい花を咲かせるのはひとえに天と地の霊力によるものであると認識し、その生命の原泉である神祇にお花見を行う旨を報告すれば、神霊の加護を得てその効果は倍増するかもしれません。

この時、賽銭のみを奉納し、あえて祈願をしない事がポイントです。

予祝ですから既に祈願が成就した事を前提として、お礼参りとして参拝します。

吉凶判断

桜の状態から、祈願した願いの吉凶を判断することが出来ます。判断方法は以下の通りです。

桜の開花が早かった年

成果は比較的早く出ます。

桜の開花が遅かった年

成果は遅れて出ます。

桜が長く咲いた年

祈願は通達し、成果が長続きします。

満開になる前に雨で散ってしまった年

成果が出る前に妨害がある事を暗示します。

成果が出るまでに長い時間を要しますが、諦めずに努力すれば、やがて日の目を見ます。

満開になってから雨で散ってしまった年

満開になってから直ぐに散ってしまうのは、一時的に成功を納めても、その後に問題が発生することを暗示します。

被害を最小限に抑えられるように、早めに対策を講じてください。

昔は豊作の祈願だった

農耕社会における豊作の祈願として、祈年祭は新嘗祭と共に、神道の重要な祭祀でした。

新嘗祭が新穀感謝の儀礼であるのに対し、祈年祭は田植え前に未来の豊作を祝う予祝儀礼でした。

つまり、田植え前に予め豊作を前提とした感謝の儀礼を行う事で、その霊的波動は時間と空間を超越し、実際にその通りになる未来へと接続するという観念に基づく呪術的行為だったのです。

 

これは現代スピリチュアリズムの「アファメーション」や「引き寄せの法則」とも通じます。

だとしたら古代日本ではアファメーションのメソッドが既に確立されていた事になります。

お花見と予祝儀礼の関連を探る上において、古代日本におけるアファメーションの存在は、それらの関連をより強固なものにします。

 

一年の循環を見る上で、草木は春に芽生え、夏に旺盛となり、秋に枯れ、冬に仮死状態となります。

そしてまた春が来れば草木は甦ります。

円環的に繰り返される循環の中で、春は物事の始まりを象徴します。

その中で、始まりの春に咲く桜は、一年で最も早く結実する物事の成功であるといえます。

 

お花見は、こうした桜の開花にあやかり、その後の一年の事業(主に農業)全てにおいて、実りのある一年であるように祈祷する呪法として成り立たせる事ができます。

また梅の花などもお花見の対象になり得るでしょう。

かずひさ

かずひさ

宗教家。 代々神主の家系に生まれ、とある神社の神主として神に仕えている。 また、高野山真言宗にて得度した行者でもある。 10代の頃から霊聴を聴くようになる。 2016年、自己流でのチャクラ修行に失敗し、その報いとしてバセドウ病を患い、発見された時は末期で死の寸前だった。 何がダメだったのかを自分なりに反省し、気を取り直して修行を再開。 2016年11月、止観瞑想の末、身体の浮遊を体感、赤い曼荼羅を見る。 2017年4月大日如来の教えに導かれて悟りを開き、「空」の意味を理解する。 それは単に「無」の意味ではない事がわかった。 また、私が開いた悟りは仏の悟りのほんの第一段階に過ぎない事も理解している。