かずひさ

『トムとジェリー』の音楽は映像と完全にリンクした究極の映画音楽

『トムとジェリー』をご存知でしょうか?

20世紀初頭にアメリカで生まれたアニメです。

非常に人気のアニメで、近年に至っても新作が作られますが、ここで言及するのはハンナ・バーベラというチームが作った1940年~1958年の初期の作品について言及します。

初期の『トムとジェリー』では登場キャラクターは言語を発さず、キャラクターの動きや心情などはすべてオーケストラで表現されています。

音楽が完全に映像と溶け込んでいるため、特に注意しなければ、見落としがちなのですが、作曲家の耳で聞けば、ものすごくクオリティーの高い映画音楽であることがわかります。

現代で、あの音楽を再現しようと思えば、予算的にも時間的にも不可能でしょう。

そもそも、あれだけの仕事をこなせる音楽家はそんじょそこらにはいません。

全てを音で表現している

そのシーンの状況、キャラクターの動き、足音、物音などの擬音、そしてキャラクターの心情やシーンごとのスピード感などの抽象的な表現に至るまで、全てが音で表現されています。

さらに現代のようにシンセサイザーやサンプラーはありません。

すべてがオーケストラで表現さているのです。

キャラクターが軽快に歩くときには軽快なリズムで、抜き足差し足で歩くときは微音で、ものが落ちたり、壁にぶつかったときはシンバルが「ガシャーン」と鳴り、キャラクターが恐怖を感じているときにはマイナー調の旋律でその感情を表し、さらに物陰から除く時には「ヌーッ」という音が聞こえてきます。

このようにキャラクターの動きや雰囲気にあわせて的確な表現が当てはめられています。

こうした表現は非常に効果的である上に、なおかつ視聴者にはそれが入念に作曲された音楽であることを感じさせない点で、しっかりと黒子を演じており、秀逸です。

現代のアニメ音楽とのクオリティーの違い

おおよそ、現在のアニメにおける音楽の付け方は次のとおりです。

  • それっぽい雰囲気のBGMを後ろで流しているだけ
  • 別に専用の音楽ではないので、他の映像にも合う

 

対して『トムとジェリー』の音楽には次のような特徴があります。

  • そのシーンの状況、キャラクターの動き、足音、物音などの擬音、キャラクターの心情、スピード感など、これら全てを入念に分析・計算した上で作曲され、映像に完全にフィットした音楽を当てている
  • その作品のその回専用の音楽であるため、他の映像には決して合わない

 

つまり、現代のアニメ音楽がユニクロの大量生産スーツだとしたら、『トムとジェリー』の音楽は一流のファッションデザイナーによるオーダーメイドスーツです。

その違いは歴然としています。

言語を超えて愛されるアニメ

トムとジェリーは全てが映像とオーケストラによる抽象的な音楽表現で成り立っているため、セリフがほとんどありません。

トムの飼い主が英語を話しますが、そのセリフはさほど重要では無いため、吹き替えで無くても十分に楽しめます。

世界中の子供達が言語を超えて楽しむ事が出来るアニメなのです。

ただし、それは1940年~1958年のハンナ・バーベラ版に関してです。

最近のトムとジェリーはペラペラ喋るようなので、その思想は受け継がれていません。

子供に見せたいアニメNO.1

『トムとジェリー(1940年~1958年のハンナ・バーベラ版)』を見て育った子供は耳が発達すると思います。

個人的に子供に見せたいアニメNO.1です。

では、実際に音楽に注意しながら、本編をご覧下さい。

『トムトジェリー』の音楽をライブで再現する!

こちらの動画は『トムとジェリー』の音楽をライブで再現したものです。

めちゃくちゃライブ感ありません?

これなら絶対、眠たくならないですよね?(笑)

 

会場が爆笑の渦に巻き込まれています。

演奏者がトムトジェリーの映像を見ながら、伴奏や効果音を演奏するという試みです。

アニメをなんとなく見ていると気付きませんが、ライブで演奏される事で、『トムとジェリー』の音楽がいかに躍動感と立体感のある音楽かが良くわかります。

トムとジェリーの作曲者

スコット・ブラッドリー(Scott Bradley・1891年11月26日 – 1977年4月27日)

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かずひさ

かずひさ

宗教家。 代々神主の家系に生まれ、とある神社の神主として神に仕えている。 また、高野山真言宗にて得度した行者でもある。 10代の頃から霊聴を聴くようになる。 2016年、自己流でのチャクラ修行に失敗し、その報いとしてバセドウ病を患い、発見された時は末期で死の寸前だった。 何がダメだったのかを自分なりに反省し、気を取り直して修行を再開。 2016年11月、止観瞑想の末、身体の浮遊を体感、赤い曼荼羅を見る。 2017年4月大日如来の教えに導かれて悟りを開き、「空」の意味を理解する。 それは単に「無」の意味ではない事がわかった。 また、私が開いた悟りは仏の悟りのほんの第一段階に過ぎない事も理解している。